大都会の真ん中で孤独を感じながら生きる、現代の大人たちを繊細に描いたラブストーリー
監督:また一緒に仕事ができて嬉しかったです。映画を一緒に作ったメンバーは、バカンスを共に過ごした小さなファミリーみたいなものなので、離れると寂しいですよね。アナとは家も近いし友達だから、その後もプライベートで会っていますけど、仕事で会うのはまた違う喜びです。
フランソワとアナとまた働きたいと思ったのは、仕事に対しての構え方、考え方が似ているからだと思います。私たちは仕事は真面目に、そして楽しくやるものだと思っているんですが、みんながそうというわけではなく、真面目なだけで頭でっかちな人、面白いだけで軽すぎる人もいます。フランソワもアナも私も、重さと軽さの両方が必要なタイプで、だから気持ちよく一緒に働けるんです。
ジラルド:私たちは自分の仕事、映画への強い愛を持っていて、その愛をスクリーンに映し出そうとベストを尽くします。芸術的で、クリエイティブな仕事だということを意識していますし、仕事を遂行するには真面目にやらないといけませんが、そもそも映画は人生、人々、人間について語っているので、そんなに上から物事を見る必要はなくて、一緒に笑うこと、よい雰囲気で仕事することがとても重要なんです。 「クラピッシュ監督との仕事はどう?」とよく聞かれます。映画業界の人は皆、セドリックの作品はそういうユーモアのある、家族みたいな雰囲気で作っているという噂を聞いていて、フランス映画界のレジェンドみたいになっているんです(笑)。
ジラルド:フランソワとはいつもとてもうまくいきます。2人ともセドリックの現場にいること自体が、すでにすごく嬉しいですし、フランソワは演技でも大らかな俳優で、自由で明るくて優しくて、誰に対しても気持ちよく接する人。彼と一緒だと面白くて愉快すぎるくらい(笑)。最初に『おかえり、ブルゴーニュへ』でセドリックや、ピオ(・マルマイ)、フランソワと出会った時、私たちはすぐに意気投合したんです。すごく気が合って、愉快で、俳優としての仲間意識も生まれて。彼らと一緒の現場は本当に楽しいです。
ジラルド:たくさんありますが、アパート全体が大きなスタジオの中にあったことですね。アパートのインテリアも細部まですごくよくできていて、塗装や質感も本当のアパートのようで。思わず窓を開けてバルコニーで外の空気を吸いたくなるような。実際は開けてもスタジオの中なんですけど(笑)、舞台みたいでとても心地よかったです。実際のアパートよりも、演技や位置の調整にも時間を取ることができました。
あとは『おかえり、ブルゴーニュへ』でもシラフと酔っ払いの間を演じましたが、今回は泥酔したメラニーを演じて、ああいう状態の演技を追求するのはとても面白かったです。
監督:スタジオに関しては色々ありますね。パリの典型的なアパートをスタジオに再現しましたが、メラニーのアパートは、インスタグラムで見つけたブロガーの写真をたくさんミックスしたインテリアで、若い女性の理想のアパートを作り上げたんです。あまりに理想的すぎて、部屋に入ると皆出たがらず「もう出てください」と言わないといけなくて、ベッドルームは本当に皆が気に入ってました(笑)。現場の雰囲気はとても良かったです。
私たちが目指していたのはパリの象徴的なアパートで、2人のアパートはかなり違うタイプですが、それぞれパリを象徴するような建物です。あとはスタジオでの撮影ならではのおかしな点もあって。例えばメラニーが妹に手を振るシーンは、妹の乗った列車がアパートの前を通過して行くんですが、スタジオなので列車の代わりにスタッフが前を歩いて横切って、それを見ながらアナが手を振るんです。シリアスなシーンなのに、皆吹き出しそうになってましたね(笑)。
それから、アパートの向かいの景色として、長さ30〜40m程の巨大なパリの景観写真を設置してあって、あれは圧巻でしたね。
ジラルド:写真は1枚なんですけど、ライティングのシステムで朝から晩までの光の加減を選べて変えられるんです。
監督:照明スタッフがiPadで早朝、夕方、夜という具合に光を事前設定してあって、子どもが現場に来た時なんかは日の出、日没とデモンストレーションを見せてましたね。
監督:その通りですね。本作は数ヵ国で公開されていて、アメリカ、アフリカ、アジア、どこの都市でも人々は「大都会の孤独」という同じ経験をしているのではと思います。近くにたくさん人がいるから都会なのに、一人孤独を感じるという矛盾した表現で、これは都会に住むすべての人が共通して感じている。フランスの都市でも他の国の都市でも同じです。なぜか現代化は冷たさや、人々との距離を作り出してしまいます。人々はソーシャルなものを求めてネットやSNSでの「つながり」で補完しようとします。現代ではネットのおかげでこうやって2つの国で会話ができ、近くに感じるのに、距離もできている。
ジラルド:でも今、日本にいられたらと思うわ(笑)。
監督:私も(笑)。ロックダウンになった頃、本当はうちの子たちと日本に行く予定だったんです。桜の時期だから4月かな。コロナのせいで行けなくなってしまったけど、また予定を組み直して行くつもりです。
監督:コロナについて一言でいうと、終息しないといけない、ですね。私も15日前にコロナにかかってしまって、それ以来この部屋にいて。3〜4日前からよくなってきたんですが、奇妙な病気です。幸いそれほどひどい症状はなく、ちょっと疲れるだけでしたが、もし悪化したら病院に行くつもりでした。妻や子供から自主隔離して、一人で部屋にいます。
ブラジルでも日本でもフランスでもアメリカでも、世界中が同じ状況を体験しているというのは初めてのことではないかと思います。貧困や経済へのすべての影響も。よくコロナ前、コロナ後、という言い方をしますが、早く「コロナ後」になってほしいですね。
ジラルド:同感ですね。いつどうやって終わるのか。8ヵ月前、フランスがロックダウンに入る頃に妊娠がわかったので、皆がとても優しく気遣ってくれて、一緒にロックダウンしてくれているような心強さがありました。でも新しい世界がどうなるのか。いとこが10日ほど前に出産したんですが、彼女はその2日前にコロナに感染してしまって、マスクを着けて娘を抱くこともできないんです。悲しいですよね、自分が産んだ子どもにキスもできないなんて。
学校に行っている子供たちは、6歳の小さな子供でも皆マスクをしている。子供たちにどんな影響があるのか、後々トラウマになってしまわないかと心配です。そして、これは急速に進みすぎた世界への警笛でもある気がしています。私たちが人間として、より多くのことに意識を向ける、消費や世の中のペースについて、未来について考える時だと思います。
監督:本作は、パリを旅行するのにちょうどよい映画です。今、なかなか本当の旅行は大変ですからね(笑)。よくこれはロマンチック・コメディかと聞かれるんですが、普通とは違ったタイプのロマンチック・コメディだと思います。ロマンチック・コメディというと、最初は仲の悪い2人が最後はくっついたりしますが、本作ではラブストーリーをいつもとはまったく違う方法で描いています。なので日本の方には、パリが舞台、普通と違うラブストーリー、という点で気に入ってもらえるのではと思います。
ジラルド:パリの物語ですが、東京も大都会なのでこういう関係はありうると思います。「近所のあの人が自分の探している男性じゃないかしら?」と。
監督:もう一つ都会について、日本では外出せずネットばかりやっている「ひきこもり」という人々がいます。この10〜15年で出てきた、ある意味、新しい問題ですよね。どうやって私たちの時代がこれを作り出したのか。なぜネットやSNSがソーシャルと真逆のこと、孤独を作り出すのか。この映画は現代社会のそういった点についても問いただしています。
1961年9月4日、フランス、ヌイイ=シュル=セーヌ出身。ニューヨーク大学で映画制作を学ぶ。1985年にフランスに戻り、レオス・カラックスの作品のスタッフなどを務める。92年、初の長編映画『百貨店大百科』でセザール賞にノミネートされ、注目を集める。 その後 『猫が行方不明』(96年)ではベルリン国際映画祭の映画批評家協会賞を受賞。以降は『スパニッシュ・アパートメント』(01年)、『ロシアン・ドールズ』(05年)、 『ニューヨークの巴里夫』(13年)からなる“青春三部作”や『おかえり、ブルゴーニュへ』(17年)を監督した。
1988年8月1日、フランス、パリ出身。名優イポリット・ジラルドと女優イザベル・オテロを両親に持ち、映画・テレビ・舞台などで幅広く活躍。2010年、カンヌ国際映画祭で公式上映された『消えたシモン・ヴェルネール』での演技が高く評価され注目される。以降、フランス映画の新星として注目を集め、『最後のマイウェイ』(12年)に出演。映画界でキャリアを積む一方、演劇界にも進出。14年、シェイクスピア原作フランス語版「ロミオとジュリエット」のジュリエット役を演じる。セドリック・クラピッシュ監督の『おかえり、ブルゴーニュへ』(17年)ではジュリエット役で出演し、弟・ジェレミー役のフランソワ・シヴィルと共演した。